心理カウンセリング③〜慟哭の初診〜
看護師による聞き取りは、およそ30分間続いた。
その間彼女は辛抱強くカルテを取り続け、僕を励まし続け、受け入れ続けた。
そして言った。
「カウンセリングは井戸を掘るのに似ています。先生もそうおっしゃっています。
最初は泥水しか出ません。ドロドロした感情しか出ません。
でも、泥を出し切れば、いつかきっと清流が出てきます」
僕は、救われたような気がした。
僕を取り巻くこのネガティブな感情も、吐き出してしまえば、おさらばすることができる。
希望が見えた瞬間だった。
そして、医師が待つ診療室に案内された。
これまた、和室で、リラックスできるようにしつらえた部屋になっていた。
医師は、僕を見た。
僕は敢えて目を見ないようにした。
それでも医師は僕を見続けていたので、これは敢えて目を合わせようとしているのだとわかり、ソファに座りながら医師の目を見た。
無条件で僕を受け入れている、包容力のある、力強い目だった。
「新婚さんいらっしゃい!」のシナリオライターのおじいさんと同じ目だ、と思った。
鋭いけれど愛に溢れた目。
医師は、おじいさんだった。
彼は、看護師が書いたカルテに目を通した。
「このカウンセリングは時間かかるなぁ」とつぶやいた。
「これがなぁ、きついだよなぁ」と、ペンでカルテをペンペンと叩いた。
そこは僕の家族構成、つまり、双子の部分だった。
彼は「双子の親であることが、僕を余計に辛くさせている」という。
彼がポツリポツリ話しているのをつい遮った。
「双子でも、『僕似の子』と『妻似の子』とがいるんですが、僕に似ている方をかわいいと思えないんです」
僕の涙腺は、タガが外れてしまっていた。
医師は
「そういうものだ」と言った。
「与えてもらっていないものは、与えられない」。
でも、僕はそれを受け入れたくなかった。
「でも、そうすると、この子も僕みたいになってしまうんじゃないですか?」
「連鎖するってことかい?そうだね。親の愛情不足は連鎖し続けて起きている。
でも、気付いたから。なんとかなるでしょ」と言った。
「なんとかなるでしょ」は、どこか投げやりに聞こえなくもなかったが、本当に何とかなると思っているようでもあった。
そして続けた。
「ちょっとひどいことを言うかも知れないけど」と前置きしてから
「あなたの母親は、あたなの言う通り、学歴コンプレックスがあって、冷淡で、でも自分のことは愛情深いと思っている。その通りなんだよ」と言った。
僕は深く頷いた。
そして医師は
「僕は母親の葬式にすら行ってない。足が向かなかった」とあけすけに言った。
僕は驚いて医師を見た。
彼は何てことない、という表情だった。
「この近藤章久という人にカウンセリングしてもらったの」と、
机の上に積まれた本を見せた。
「ホーナイの最終講義―精神分析療法を学ぶ人へ」という本で、近藤章久氏が翻訳した本だった。
そうなのか。彼も母親との関係で苦しんだのか。
そういえば、加藤諦三氏もそうだった。
僕が
「先生も本を書かれたんですね」と、一緒に積まれていた「心の病の診察室―あなたの愛が子どもを救う」を手で示した。
医師は、他の精神科医を批判した箇所に触れ
「ここがちょっとトラベルになってねぇ」と裏話をしてくれた。
カウンセリングを続けることになった。
医師は僕を「感受性が強い」と表現した。
それがどんな意味合いを含むのかは、わからなかった。